昭和41年05月20日 夜の御理解
今日日吉先生が思いがけなくこちらに見えられまして、秋永先生と高橋さんが福島さんが一緒にお供してこちらに参りまして、こちらでまあ、いっこん例によって差し上げて宴半ばで御在ました、たまたまあのサンフランシスコの福田先生の事が話題に上ったんです。皆様御承知の様に、東大出のまあ頭脳では最高クラスの方です。お道の教師の中でも現在は亡くなられましたけれども、それでいて大変な信念の持ち主であった。
いわゆる先生があの書物なんか読まして頂きましても、絶対信という言葉を沢山使ってある。絶対信と言われる程の信をですねえ、身に付けていかれるまでの様々な修行が御在ましたようで御在ますねえ。先生のまあ生き方は、氏子あっての神、神あっての氏子と言う所を、神あっての氏子へというその氏子あっての神と云う様な事は、もう俺達は死にがけに分ればいいんだというのが、福田先生の生き方だったらしいですね。
氏子あっての神、神あっての氏子とその、だから神あっての氏子と言う所だけに焦点をおかれた。だからその氏子あっての神と云う様な事は。死にがけに分ればいいんだというておられたそうですね。いわゆるその神様あって、私達なんだと、神様なしにゃ私はもういかれんと、それだけでいかれたんですね。為にそのいわゆる神様に惚れ込むという神様を好きになれるという為の修行を、様々なさった。
当時東京の畑宿老といわれたまあ、最高の長老の先生がおられます。教祖の神様の佐藤先生当りにまあ同格位と言われる位に言われる先生なんですね。佐藤宿老と言われた様に又、畑先生の事を畑宿老とこう申し上げた敬称なんですね。その先生の所で修行なさった、まあ、大変御寵愛を受けられたらしいんです。けれども、たまにはとにかくその、どんなに修行しても教えてを行じても、どうも神様が好きになれん。
どうして好きになれんかというのでもう、ある時なんかその夜の御祈念なんか先生がおられんと、先生が福岡先生がなさるんですね、それでもうとうとうしまいには、御祈念やめちから祝詞座の上に大の字になって寝御座る。ほいでお参りしなさった信者さん達が、もうあげな無茶苦茶な修行生は、もう出しなさらないかんですよと。その進言したけども、畑宿老先生は見こんでおられますから、陰では怒られたそうですけれども。
矢張りその、そういう幾らその破門されても、そのやっぱりあそこにおられたそういう話で御在ました。けれどもその本当に神様が好きになる為にね、一生懸命の修行をしたと、まあこういう話で御在ますね。もうその為には、もうお酒をもうお供えがあっておる、それを一升引っくり返してしもうて、酔っぱらってからですね、そして神様の前にその寝られる様な事をまあする。
私共が本当にその神様に好かれる、私にと云う事をいいますけれども、神様を本気で好きになる事に努める、いうならばもう本当に神様あって氏子、神あっての氏子と言う所を頂かれる所まで、信心を進めて行こうと云う様な修行が、お互い疎かになっとるんじゃないでしょうかね。神様とても氏子がおらなければ、氏子が神様を立てなければ、神様を現さなければ神様としてどうにもお出来にならんのだと、本当に氏子あっての神だと言った様な、まあ横着を思っておりましたですね。
矢張り神あっての氏子と、神様なしには生きられないと、こう、そういう情感といった方がいいでしょうね。いわゆる神様と本当の意味で、恋愛が出来る様な信者が先生方がなくなったというて、まあ、( ? )しておられました。只今私、御祈念、天津祝詞となえさせて頂こうと思いましたとたんに、今日、天津祝詞も頂かなければいわゆる何もなくてね霊神様の前に来てから、祖先賛詞をあげただけでした。
そして私頂きます事は丁度あの文男さんが、こういうかっこうしてからきちっと、こう、角帯締めております、この通り角帯を締めておる所を頂きますね。で、羽織を着ておる。この羽織の紐がですね、もう是がもう、こう切れかかっとると言った様な感じ。もうちょっと引けばもう解けるといった感じなんですね。そういう所を頂くんです。ですからまあ、これは菊栄会の方達に対してじゃろうと思うですけれど、まあある意味合いにおいて、信心の帯はしっかりでけておるけれどです。
いわゆる今日私が、日吉先生と、お酒を頂きながら感じた事ですね 神様を本気で好きになる、それがでけていないと、云う事だと思っております。羽織の紐の事でなんか、歌の文句がありましょうがね。私とあなたは、羽織の紐よ、固く結んで胸に抱くとか、云う事を申しましょ。その固く結んでいないのです。神様とねそこのところを、私は掛けておるんじゃないかと。
今日日吉先生、まあその酔ってないなら、今晩の菊栄会に、その本当に椛目の、菊栄会は全国でも通とっると、椛目の御用団体と言う風に、そのよっぽど宣伝が良かったのでしょう。ですから菊栄会、残って行きたいというて、でも酔っぱらってからでは、失礼にあたるからと、又、機会を得てから、なんて言うておられました。けれども、残られたら恥ずかしかと私は思うた。
皆さんの信心を知っておるからね、まあ、幸い帰られたんですけれどもね、結局ここんところを私は、その皆さんがだんだん、分らして貰える様になったらですね、それよりかむしろ、その神様に好かれておると、思うとるごたる風ですね、菊栄会の方達は、けど神様をさ程、皆んなが好きになってないでしょうが。ここに私は、菊栄会のこれからの信心があると思うんですね。
自惚れもいいとこじゃ。神様に好かれとると、こう思うとる。自分達は神様に好かれとる。なら、こっちもそりけん好きゃ良かばってん好いとらん。程にはないね、いわゆる信心は成程きちっとこうしておると、こういうのだけれども、神様とそういう情感が湧く程の胸に結んで固く言わばその抱いたり締めたりしておくと言う所が欠けておると云う事、今朝あの、久富くにかさんがお届けなさっておられますんですけど。
今朝からお夢を頂いて、それをあの、正義さんが沢山ご馳走作っておる。そして自転車で文男さんを呼びに行きよる所をお夢に頂いとるね。だからこりゃあの正義さんの信心のまあ、一つの性格、まあ素晴らしい所じゃろうと言うよるだから。私はそれは違うとね、御馳走を沢山作って、例えば自動車で迎えに行くというのなら、まだいいね。お徳として( ? )けど自転車で自分で踏んで行よる。
人間心が強い。自分で踏んでいきよる。そして呼びにいきると言った様な事ではここんところうまあ、これは正義さんだけじゃなかろう。菊栄会の方たちがそこんところをおかげ頂いてしかんとじゃなかろうと言うて私は、申しました事で御在ますがでも、ひとつおかげを頂きましてね、その御理解の中に過去の一切が喜びで生かされる時にね、現在は勿論、末々までも助かる、道が開けるという御理解でしたね。
だからその過去の一切が、喜びで生かされる程の信心ね、そこに( ? )言わば即助かりのそのまま、助かっておる姿、同時にその助かった姿そのまま育てられて行く時に、末々に継ながる所の助かりがあると云う様な御理解でした。だからどうぞ今朝の御理解を皆さん集まってよったら。いっぺん頂いてそして今晩の御理解を頂き合わせて、いわゆる是からの信心。
いや、是からの菊栄会の方達の精進しなければならない所の信心、信心の帯はもうでけておる。しっかりしておる、誰が何ちゅうたって緩まんというだけじゃいけん。神様に好かれとる、成程それはある意味では結構、けれども神様本当に好きになる精進というものがでけてない。それが羽織の紐が緩んでもう今にもとけそうにしておると言った様な事じゃなかろうかと私は思うんです。
どうぞ。